久しぶりにログイン。厚田の地域おこし協力隊をググってみた。
俺が石狩市の地域おこし協力隊の面接を受けたのは、もう2ヶ月以上も前の事。
厚田・浜益地区の地域おこし協力隊も活動して1ヶ月が経ち、発信する情報量も
「それなりに増えて」楽しませてくれるんじゃないかとググってみたが‥
「石狩 地域おこし協力隊」
「厚田 地域おこし協力隊」
「募集してます」という情報がヒットするだけで、GWから1週間を過ぎた
2014年5月12日になっても、厚田・浜益の地域おこし協力隊が情報発信を行った
痕跡に一切ヒットしない‥
彼らが地域おこし事業にタッチ出来ていないのか、ネット上で情報発信を行う
知識やスキルが無いのかどうかは俺は分からない。
単に安価な労働力として「奉仕させられている」ので、PCに触る時間すら
無いのかも知れない。
真相はどうなんでしょうね?
まぁ面接中にこうなりそうな兆候は十二分に感じていましたけどね‥
地域おこし協力隊って何?石狩市の募集面接から考えること
http://www.city.ishikari.hokkaido.jp/citizen/government/kikaku05057.html
地域おこしにあなたの力を発揮しませんか-原文ママ
【厚田区】主体的に住民と関わりながら、自由な発想で自主的に行う
地域おこし活動の企画と実践が中心です。
地域行事(自治会・祭り)等コミュニティ活動
住民・地域団体と連携した地域振興活動
電子媒体等を活用した情報発信及び広報活動
地域資源の発掘、観光資源を活用した地域おこし活動の企画と実践
その他厚田区の地域振興活動 -原文ママ
祖父母が厚田村に住んでいたこと、ゼミで市街地再活性化なんてやってたもんだから
こりゃ幸いと応募したんですよ、募集開始から5日目でね。
夏に10分しか留まらない土地に毎年律儀に固定資産税払っててさ、住みたいけど
手段が無いじゃんってずっと思ってたから。
「北海道の厚田」を知ってる人って、果たして何人いるだろう?
厚田から1000キロも離れた本州に住んでる俺が、書類到着一番乗りだってさ!
笑っちゃうよね。募集人数は道内10人、本州5人の計15人で俺が一番乗り。
まぁ落ちたんだけどね。ネットで積極的に情報発信していくってのが
お題目にあるのに、俺よりも情報感度が低いやつが合格か。ふーん。
まぁ面接してて結局、浜益で漁師か農家になる人間が欲しいってのをグイグイ主張
されたのが一番理解できなかったんだけどね。
だったら正直にそう書いて欲しいよ。面接官は7人(確か)石狩から前日入りしてさ、
俺らだって交通費出ないのに赤坂まで面接受けに行ったわけよ。
朝の9時からスタートだぜ、お互いにコストもバカにならないでしょ。
俺は「まちおこしする"まち"の機能維持を図るのがまず必要では?」ということ、
その過程で地域に溶け込み、開拓史(アイヌ人にとって失礼極まりない表現)しか
展示しない道内の風潮は疑問で、戦前・戦中・戦後の生活史を高齢者から聞き取り
それを地域史として編纂すること、オートバイライダーが全国から集まる厚田公園
駐車場を核として、情報収集と情報発信を行ってはどうかと主張してみた。
まぁ落ちたんだけどね。
石狩市は農家と漁師が欲しくて、月16万6000円払って4人を募集したのか?
俺よりもブランディングが上手い奴が4人いたから採用したのか?
答えは4月から確実に始まる「石狩市まちおこし協力隊ブログ」を1年見れば
分かるね、今からとっても楽しみだよ。
なぜこんなブログを開設したのかと、その説明。
田舎に住んでるのに、なんでネガキャンblog書くの?
このブログを見てくれる方は数カ月先まで現れないはずですが、
たぶん来て頂いた方は真っ先にそう思うはずです。
ですから最初に書いておきますね。
僕の住んでいる場所は茨城県南、某アウトレットモールの近くです。
ここで生まれ育ち、高校は土浦、大学は埼玉まで自宅通学していました。
別に地元が憎いわけではなく、平均的な茨城県民同様に郷土愛は持っています。
だからこそ色々キツいこと言いたくなるってのが、まぁこのブログを開設した
理由ですかね。
北海道石狩市の厚田・浜益地区の地域おこし協力隊に応募したのが、
住環境とそのコストを意識する一番の契機になったんですけどね。
詳しくは次項で。